彩香の作ったお弁当はおいしかったけれど、ぼくにはちょっと量が足りない。
だから食事の終わり頃にそのことを指摘すると、
「そっかあ…… けっこう一杯作ったつもりだったんだけどね、残念!」
と彩香は本当に残念そうにそう呟く。だから、
「別にお腹が一杯になればいいってわけじゃないから十分だよ。腹八分目に医者要らず、とも
いうしね」
と、ぼくが正直に本心を述べる。ついで、
「それにしても品目が多かったし、大変だったでしょう」
と別の感想を付け加える。すると、
「同じ材料で自分用にだけ作ると雑になっちゃう……っていうか、単に混ぜこぜになっちゃう
から、それは別に構わないんだけどね」
と彩音が答え、
「でも、こないだ矢崎くんの作ったお弁当は量がそんなに多くなかったように思えたけど……」
と問いかけるので、
「ああ、あれはね、前の日に食べ過ぎたからなんだ。それに、多く作り過ぎて残すのもイヤだっ
たし……」
「うん、それはあるわね」
二人の会話がそんなふうに流れる。
日陰と風の通り道を選んで昼食を摂る場所を決めてはいたが、どちらにしても暑い。
公園にいる人の数も前にK美術館を訪れたときよりは少ないようだ。
場所によっては陽炎が立つ。種類の違うトンボが数匹、低く宙を舞っている。
彩音は、失敗したわ、といって、しばらく前に鬼の子チョーカーを外している。
その首筋にも汗が吹き出している。
それをタオルでパンパンと叩いて拭っている。
その様子を見ながら食事上がりの水筒コーヒーを飲み、
「天気の予想はついていたんだから、普通に近くの喫茶店とかの方が良かったかもね」
と、ぼくが今回の反省点を延べると、
「いいのよ、暑いのは夏の仕事だから」
と彩音が答える。ついで、
「じゃぁ、そろそろ行きましょうか?」
ぼくと同じように食事上がりのコーヒーを飲み終わった彩音がベンチから立ち上がってぼく
を促し、服の埃をパンパンと払う。
公園の時計を見ると時刻はほぼ十二時だ。
食事を摂ったベンチ周りを後片付けして、ぼくたちがK美術館に向かう。
チケットを買って館内に入ると人気が少なくて、はっきり空いているのがわかる。
入った時間が良かったのかもしれない。
人々は知らずに習慣に縛られていたりするから……。
お目当ての展示作品の数は多くなかったけれど、ぼくと彩音の興味を惹くものがけっこうあ
る。
さまざまの角度で写された女性の顔や身体がポジやネガの状態で多重露光された写真が多い
が、右掌に無造作に乗せられたビー玉や、昔の白熱電灯の笠に止まった蛾の姿を写し撮った作
品が何故だか二人の気を強く惹く。
「不思議な感覚だね。ちょっと怖いような……」
「永遠の中の無を見てしまったのかもしれないわね、この人」
ぼくたちが口々に感想を述べ合っている。
K美術館で催されていた特別展示には同時代に活躍した何人かの写真家の作品も展示される。
ぼくたちはそれらの写真を何葉も続けて見るうち、だんだんと一九三〇年代という混乱と喧
騒の時代に飲み込まれていくような肌触りを覚える。
これは前にやはり彩音と二人で『池袋モンパルナス』のシュルレアリズム画家たちの作品展
を鑑賞したときにも味わった感触だ。
もっとも、そちらの時代は一九四〇年から一九五〇年代後半にかけてのものだから、当然の
ようにまったく別の時代の雰囲気がその背景に隠れる。
特別展示を見終えて、ぼくたちが常設展示の回廊に抜ける。
そこにも種々の時代がある。
歴史の中に埋もれてしまったかのように見える時代があり、その時代ごとの現代があり、同
様にそれぞれ固有の時代に幻視された未来があり……。
「よくそんな言葉を知ってるわねえ」
作品の前で小声で感想を述べ合っていると不意に彩音が聞いてくる。だから、
「よくわかんないけど、評論を読むのが好きなんだ。それで自然と言葉を覚える」
そうぼくが説明すると、
「ふうん。ちょっと格好いいかも……」
と彩音が少しぼくに身を寄せて来る。
そんなことは、はじめての体験だったけれども、すぐに、
「あっ、この色使い、いいな。今度マネしてみよう!」
と、あっという間にぼくの横をすり抜けて、お目当ての作品の方へ向かってしまう。
だから、そう感じたのはぼくの勘違いかもしれない。
彩音は美術クラブに入っている。
美術クラブには、ぼくも所属しているけれど、どうやらぼくには画の才能はないようだ。
だから毎日必ず通うといった習慣はすでにない。
それからさらに上階に昇り、彫刻作品を見てまわる。
学校の美術実習として学年単位で美術館を訪れるとき、クラスの一人が――二人はいない―
―必ず真似をする有名な人体の一部の像などが展示されている。
少し疲れてきたこともあり、その階をユルユルと巡っていると、背後に気配を感じる。
それは、あえて振り返らなくても間違えるはずのないあの気配だ。