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歌の翼に…… ―― Requiem ―― 11

作曲

 11 作曲

「お待たせ!」
 そして、十分とかからずにディーが自室に現れる。
「カラスの行水?」
「お風呂じゃないからね。……お湯にずっと浸かってたら、眠っちゃうわ! けっこう疲れた
し……。キミは元気だね!」
「ばあさんかよ!」
「楽器できる?」
「唐突だなぁ! ……まっ、玩具(おもちゃ)だったときに少し憶えさせられたけどね。母さ
んに……」
「じゃ、出来るんだ! よっし!」
 とハンドクリップし、
「バンド、組もうぜ! バンド!」
「……って、簡単にいうけど、お金と練習場所、どうすんのさ。バイトは禁止だし……」
 首をまわして、
「音楽スタジオ自体は、この辺りには多いと思うけどね」
 そう答える。
「東京だしねぇ。……じゃ、弾き語りは?」
「キミの歌に合わせるわけね」
 と、ぼく。もう一回首をまわして、
「音感自体はあるみたいだけど、作曲能力はないよ、たぶん」
 ディーを見る。
「それに弾けるっていっても、分散コード……っていうか、いわゆる和音くらいだし……」
「それだけできれば充分よ! じゃ、やってみよう!」
 そう言って、ベッド下の細長い抽斗から、ポリ袋に包まれたギターをガサゴソと取り出す。
袋は埃っぽかったが、その袋のおかげでギター本体に埃はない。
「げっ、フォークじゃなくて、ガット」
「はい、音叉」
 しっかりした造りのけっこう立派なクラシック・ギターだったので調律するのは楽だ。五フ
レットと十二フレット上の弦の上を弾いて音を確認する。
「オクターブピッチは、狂ってないみたいだね! ……ピック、ある?」
「えっ、クラシック・ギターなのにぃ。 ……でも、えーとぉ、はい!」
 ベッド下の同じ抽斗の中の小箱からオムスビ型のピックを探し当てると手渡される。受け取
り、ジャーンと弾き下ろす。イマイチな感じ。
 すると――
「luna……」
 突然、ディーが歌いはじめる。
「stella……aqua……ignis……」
 細いが、聞き惚れてしまいそうな音色だ。
 鈴を転がす声とは、こんな声のことなのか、というような……。素直にそう思わせるだけの
響きがある声質。
 ぼくが呆気に取られてポカンとしていると、ディーが両手を捻るようにして、ぼくの腕の中
に抱かれたギターを指し示す。早く弾けという合図らしい。
「じゃ、もう一回、同じフレーズを繰り返して……」
 ぼくの要望にディーが黙って従う。そして三回目の歌い出しに合わせ、ディーの旋律に恐る
恐るコードを当て嵌める。
「luna……stella……aqua……ignis……」
 曲調がゆったりしたものだったので、何とか指は追いついたが、自分的には、まったくボロ
ボロな感じだ。でも当てたコード自体は悪くない。ディーもスキャットしながら首肯いていた
ので、きっと及第点だったのだろう。
 そこで、いったんギターを弾くのを止めて、
「ピアノない?」
 と問いかける。
「ひょ?」
 ディーが答える。少し間があり、
「弾けるんだ!」
「出来る内容はギターと一緒だけどね。でも、いくらかマシ。そっちの方を先にはじめさせら
れてたし……。母さん直伝だからバイエルは知らない。運指だって正統じゃない」
 するとディーは今度はベッドの反対側の抽斗を覗き込んで、ごそごそと忙しく掻きまわし、
「これでもOK?」
 と言いつつ、子供用の三十二鍵盤のミニ電子キーボード――一応、鍵盤を押したときに音が
出るタイプだったのでオルガンではなく電子ピアノ。型番は旧く、形状はいわゆる直方体――
二台を取り出す。
 ついで――
「鳴るかなぁ?」
 とスイッチを入れ、鍵盤を叩くが、ウンともスンともいわない。
 そこで――
「えーと?」
 と壁にかかっていた懐中電灯を手元に引き寄せ、裏蓋を空けて電池を取り出し、電子ピアノ
の中に入れ、本数が足りなかった分は、枕横の傍机の上に置かれた目覚まし時計から調達&補
充。そして再び、スイッチを入れると、音がピーッ!
「……ってか、AC電源ないの?」
「おう、そうだった!」
 そこでまた抽斗の中をガサゴソし、無事、二台分のAC電源を確保する。電池の方は忘れな
いうちに元に戻す。
「さて、ちょっと面白いから聞いていてね!」
 と前振りし、二台の電子ピアノ(=略してエレピ)のスイッチを入れ、
「何故、二台かっていうとね?」
 と二台のエレピの同じ鍵盤部分を左右の人差し指で同時に押す。
「えーっ、ウソ?」
 と、ぼく。何故なら、それぞれのエレピから違う音が発せられたからだ。
 そこでディーに場所を移動してもら、弾いてみて、
「なぁるほど!」
 と納得する。
 それら二台に見える子供用の電子ピアノは実は二台ではない。二分割された六十四鍵盤の電
子ピアノだったのだ。
「まぁ、音は変わらずチープなままですけどね」
「へえーっ」
「売り物じゃないから改造してもいいだろうって基盤をいじったんですって……。えーとぉ、
方法は訊かないでよ。知らないから……」
「だれが?」
「いまは亡き、おじいちゃん」
 それぞれのエレピに左右の掌をのせて、先ほどのコードを奏でてみる。子供用なので鍵盤の
幅と長さが短く、慣れるまで……というか、手の形を決めるまで若干手間取るが、大体のコツ
を掴み、弾いてみる。
「このコードでいい?」
「うん」
 とディー。
「じゃ、もう一回、歌って……」
 すると、息を深く吸い、ディーが旋律のスキャットをはじめる。
 しばらく同じフレーズを繰り返したところで、
「転調してみようか? 五度、上がれる?」
 と、ぼく。ディーは、
「わかりません?」
 という顔つきをしている。
 それで、とりあえず三度上げてみる。ちゃんとついてくる。ついで五度まで持っていく。つ
いてくる。そこで最後に、いったん音を前の高さに戻してから、今度はオクターブを狙ってみ
る。
 すると――
 最初の音が既に二点の上の方で高いせいもあってか、さすがにフラフラと外れてしまう。
「ムリ、ムリ、ムリ、ムリ……」
 とディーが首を左右に振る。
「腹筋、鍛えなきゃ、絶対無理!」
 しかし、ぼくの耳には咽喉の方はまったく大丈夫そうに感じられる。
 そこで――
「やる気になれば出ると思うよ」
 と正直に告げる。
 ついで――
「他にも曲はあるの?」
「他にも……ったって、いまのも即興だし……」
「じゃ、次も即興で!」
 天井を向いて一回白眼になると、ディーがさっきとは別の旋律を奏ではじめる。前のものと
比べると、少しさびしくて、秋のような感じがする。
「Arietis……Tauri……」
 最初の二つの星座名まで聴き、コードを合わせる。
「Arietis……Tauri……Geminorum……。Cancri……Leonis……Virginis……」
 乙女座が終わったところで、
「食事の用意が出来たわよ!」
 と階段の下から声がかかる。さすがに配膳しながら、ひょっこりと顔は覗かせないらしい…
…と思ったら、
「ほら、早く来なさい!」
「うわっ! びっくりした」
 ディーの母親が部屋の扉から顔を半分覗かせ、ぼくたちを急かす。
 ディーが驚いて目を丸くしているぼくを見て笑っている。ディーの母親も笑っている。
 彼女は忍者ではなくて魔法使いに違いない! そして、きっと『マママ』という魔法名を持っ
ているのだ!


red18
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