作家生活オンライン > うそつきりっちゃん > 極端に誇張されたカズオ・イシグロ
極端に誇張されたカズオ・イシグロ
 ガイ・マディン監督「世界で一番悲しい音楽 The Saddest Music in the World」(2003)を観たときのことだ。オリジナル脚本がカズオ・イシグロ。
 フェデックスでDVDを頼んだら別注文の中古よりも早く届く。わたしの英語力では会話の面白さはわからなかったが、登場人物の関係性は良くわかった(本当か?)。コンテストの主催者はカナダのビール会社の女性オーナー。アメリカが大恐慌の真っ只中にあり、しかも禁酒法時代だったから、その辺りを当て込んでコンテストを開いた模様。オーナーのかつての恋人がアメリカはブロードウェイで失敗した興行師(チェスター)の父親(カナダ人)で、元は医者だったが酔って自動車事故を起こし、あろうことか車の一部に挟まれた恋人の良い方の脚を切断して医師免許を取り上げられる。彼の生きる目的は失われた元恋人の足の再生だ。最終的にガラスの脚(ビール入り)を拵え、興行師の息子を通じて元恋人の許に贈られる、その作品(脚)自体は気に入られるものの脚を奪われた恨みが晴れるはずもなく、最後は絶望して屋上の窓ガラスを割り、ビアホールのビール桶に舞い落ちて死ぬ。因みにそのビール桶はコンテスト毎の優勝者が滑り台を滑ってザッブンと飛び込める権利を持つ代物だ。興行師の息子がその地に連れて来た歌姫はあろうことかニンフォマニアだったが、これがやはりコンテストに参加したセルビア共和国代表の兄(ロデリック:セルビア人に変装している)の失踪した妻で、この兄は二人の間に生まれて死んだ息子の心臓をガラスカップの中に入れて持ち歩く。中盤で元妻と逢瀬している最中、それが割れる。元妻は彼のことをまったく憶えていなかったが、最終的には元の鞘に納まってしまう。コンテストのラスト・トーナメントは、この兄弟対決だ。ビール会社オーナーがアメリカ代表のシンボルとしてガラスの脚で登場してやんやの喝采を浴びるが、兄のセロの弦振動でそれに孔が開き、ビールが勢い良く跳び零れ、お約束通り最後に破裂。傷心のオーナーを慰める興行主だったが、逆にガラスの破片を刺され、更に自分の煙草が原因で起こったビアホール火災の中、ピアノを弾きながら焼け死んでいく。うーむ、素晴らし過ぎる!
 メイキングも二本あったので観る。撮影はオート8(改造型?)らしく、日本の岩井・篠田組も傑作「リリィ・シュシュのすべて」で使用していたが、こちらはモノクロでサイレント(ハマー・フィルム風)を再現。なるほど画質が荒いわけだ。低予算なのでメイキングで見られるセットがまるで舞台の書割だが、これが粗い画面では妙に実景に見えてしまうところが面白い。センターにフォーカスを合わせて周りをぼかす撮影法を監督自らバラしていたが、何のことはない、二種類のワックスをレンズ前レンズ(ガラス?)に塗っているだけだ。凄いわ! 映画に出演する役者がみな巧みで、その意味では鑑賞して得した感じか。監督がハマー・フィルムのファンで、出だしとラストがまるでホラーになっている。もっともインタビューでは監督も役者もみなコメディーと説明していたが。まあ、確かに、そうなのだが……。
 子供の頃に見ていたら、トラウマになりそうな作品だろう。感性が鋭い人はご用心を! なお上記とは別にショート・フィルムが三本収録されていたので観る(あと予告編もいくつか)。一本は成人した後死んだ子供の幻想譚みたいで余り面白くなかったが、アフリカの親父が「さあ、叩く時間だ!」と宣言するや否や、そこいらじゅうにいた若者たち(みな息子らしく、周りには少数のおばさんたちもいた)が背中といわずお腹といわず人体のありとあらゆる箇所をビンタ(?)しまくるというクラップ篇がまず面白かった。背景音楽が弦だったので狙ったのかもしれないが、キング・クリムジンの「太陽と戦慄」みたいな音楽を背景にピシャピシャと音が被さるのだ。独りで観ていて大笑いする! さてもう一本は本編中に登場した喪主の女性が主人公で、彼女がプロレスラーで仮面(レスラー?)の父を倒し、その父が死んでデブ男に喰われて再生してウシに乗り移り、彼女がキャッキャと喜ぶという頭が痛くなるような傑作だ! 生まれ変わるシーンが多重露光処理という年代モノの素晴らしさ。監督は生まれる時代を間違えたのか、いやこれで良かったのか? 思わず唸らされるような出来となっている。

http://www.amazon.com/Saddest-Music-World-Isabella-Rossellini/dp/B00062IXJW

14.11.09 17:10 コメント(0)