切れた鎖
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田中慎弥「切れた鎖」 (新潮文庫) 二〇一〇年八月二十八日
全編に漂うのが最初は緩い不快感だと思ったが今にして思えば緩慢な死臭だったとわかる。 「意の償い(『新潮』二〇〇七年四月号)」 子供を持つのが怖い、より正確には親になるのが怖い、裕福ではない家庭の夫視点による出産直前に至るまでのお話。両親が家事で焼け死んでいる最中に妻と初セックスをしていやので表題となる。普通はそんな程度でトラウマになるとも思えないが、語り手の妄想がそれを納得させる辺りが巧み。客観と主観を混乱させる手法で書かれているので時折描写の主体がわからなくなって読み辛いが、それがまた味。 「蛹(『新潮』二〇〇七年八月号)」 成虫に成れなかったかぶと虫の幼虫の寓話。角だけが立派に伸びて土の上に出ている。ちゃねらーの妄想を文学的に昇華させると。こうなるかも……。遡ればカフカの変身に辿り着くのだろうが、類例が思いつけない辺りが凄い。 「切れた鎖(『新潮』二〇〇七年一二月号)」 作家出身の地、山口の寂れたコンクリート海浜の町が舞台。絡むのは没落した資産家の三代の妻(出奔など、いずれも夫に恵まれない)と在日朝鮮人のカトリック教会に住む謎の男。腹に鎖を巻いてその先をコンクリートの道に垂らしてじゃらじゃらいわせているので帯電体質かと思って笑ったのは、わたしだけか。女の側の描写を縦走させて最後に父の不在を垣間見させる構成が絶妙。
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